ある夜。寮の自室にノックの音が響く。ドアを開けると、そこにいたのは私の担当するウマ娘、ミホノブルボンだった。「マスター、夜分遅くに失礼します。」「え、うん。別に大丈夫だよ。なんか用事?」「はい。伺いたいことが……。」今はオフモードだというのに、相も変わらず表情に乏しい。こういう所で冷たい印象を持たれてしまうのは彼女の欠点かもしれない。しかし、本当は優しい心の持ち主だということを私は知っている。「まあ立ち話もなんだし、入りなよ」「……はい。失礼します。」一瞬、迷うような素振りを見せるブルボン。急に訪れるほどの用事があるながらも、いまいち決心がついていないらしい。果たして、それは私にとって良いものなのか、悪いものなのか。まだわからないが、私はトレーナーなのだから、遠慮なく打ち明けてほしい。「ごめん、ひとつしかイスなくて……」「構いません、ここに座らせていただきます。」そういってベッドに腰を下ろす。この短時間で決心がついたのか、間髪入れずにブルボンが”聞きたいこと”を切り出してきた。「マスター、私に耳かきをさせてください。」一瞬、言われた言葉の意味が分からなかった。ブルボンが私に耳かきをする?どうして?「マスター。最近お疲れではないですか?」「まあ、学園関係者としてもトレーナーとしてもやることが多い時期だったからね」「そこでスマートファルコンさんに伺いました。ここ数年、耳かきで癒されたい人の割合が急増している、と。」「ああ、うん。そうなんだ。それは知らなかった」「はい。ですので、お疲れのマスターを癒すべく、こうして参りました。」「なるほどね……って、大丈夫だよ!自分でやってるし、わざわざそんなことしなくていいって!」なるほど、ブルボンは私に疲れから解放されて欲しいらしく、ほんの少し聞きかじった情報を手にここまでやってきたのだ。確かにここ最近、大きなレースがあったり、新入生が入ってきたりと忙しい日々が続いていた。そしてブルボンは、私の様子を見て疲労の色を感じ取ったのだという。もしかしたら、『自分のせいで疲れさせてしまった』などと考えているのかもしれない。「やはり、ご迷惑でしたか……。」淡々とした口調ながら落ち込んだような雰囲気を纏うブルボン。「いや、全然そんなことはないけどさ。この歳にもなって耳かきしてもらうなんて、恥ずかしいというか」「ご迷惑でなければ、こちらへ。」彼女はそう言いながら、太ももをポンポン叩いたのだった。