2019年の8月、福島県福島市にある福島城址を訪れました。築城年代は不明なようですが、応永20年(1413)に伊達松犬丸(後の伊達持宗)が懸田定勝と共に鎌倉公方へ反乱を起こした際に立て籠もった大仏城が後の福島城と伝わるようです。文禄元年(1592)に蒲生氏郷配下の木村吉清が信夫郡(現在の福島市)5万石を与えられ、居城を大森城から杉目城へ移し、杉目を「福島」と改称した為、杉目城が福島城となりました。慶長3年(1598)、蒲生氏の代りに会津120万石・上杉景勝の領地となり本庄繁長が福島城主を務めました。 慶長5年(1600)、関ヶ原の合戦後に伊達政宗が信夫郡に侵攻してくると福島城は「松川の戦い」の舞台となり、本庄繁長と梁川城代の須田長義の活躍により伊達勢を退けました。上杉氏の統治の後は江戸幕府の天領・本多氏・堀田氏となり、元禄15年(1702)に板倉重寛が福島藩3万石の領主として入城し、幕末までの約170年間は福島藩板倉氏の居城として機能しました。現在は城跡は福島県庁等、開発されてしまっていますが、城址碑や解説板の他に遺構としては県庁の南西に土塁が現存しています。※aaaaaa殿・霞舞伎殿、広告ありがとさんでござんす♡お城 → mylist/37297571