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釈正輪老師講和会2019年1月16日「人というのは何者なのか?」
釈老師から
根本的なものを教えていくのは、日本人も世界に対しても仏教を基に教えていきたいと考えている。
要点として「和」の精神
和というものを大切にした指導者が聖徳太子。
日本で初めて十七条憲法を制定し「和を以って貴しと為す」
時代背景を考慮すると、武力で領土を拡大、統治するのが当たり前と思われているにも関わらず
何故、当時「和」という言葉を使ったのか?
今やどこの国の方も平和を尊び、平和を願う事は共通していると思われるが
海外と日本の違いとして、聖徳太子が掲げた様に
「日本は政治の中で和を掲げた」
その日本の素晴らしさを何故当時持つことができたのか?
そこに歴史的背景、先祖代々引き継がれている思想、DNAなど
様々な角度から「和」の精神を教育を基に伝えていきたい。
教育については
・政治家
・教育者
・僧侶
この方々が思想をしっかり持ち、日本の心、気持ち
命がけで政治をしていた昔の政治家
これからの子供に対しての教育者
人間とは何か?幸せは何か?の根源を教える僧侶
この方々がしっかりと歴史観を持つ事、先人の知恵、生き方、文化を学び受け継いでいく事が今求められている。
釈正輪老師講和会2019年1月16日「人は頼りたい」
講和会の質疑応答の中
子供の自殺について語って頂きました。
「人は頼りたい」
でも頼れる人がいない場合、誰にも相談できない状況になった時
そんな時にこそ僧侶(お坊さん)の存在が大切で頼られる存在でなければならない。
頼る存在が少なくなっているとするならば、そんな今の日本の社会を作ってしまった大人の責任がある。
本来は誰しも自殺したいと思っている人はいなく
本当にアクションを起こすギリギリまでためらうものの、最後の瞬間は引き寄せられる様にアクションを起こしてしまう。
そうならない様になるためにも周りの存在が大切で、相談する(頼る)為の第一歩はまずは、相談にのってあげる環境を作ることから
親子関係、友達関係など。
昔の日本はみんなで頑張ろうという風土があった。
(家庭でも学校教育でも会社でも)
終身雇用と年功序列で仮に能力の低い方がいたとしても
それを補う上司や社長がいて、適材適所と教育がなされていた=認めていた。
その職場がその人たちの一生(生活の場)であり、暗黙の了解として勤める会社で定年まで働くというのが浸透していたが
現在、核家族で地域、社会の変化がどんどん進む中
人間関係、お金、家庭など
悩みを抱えている人たちがたくさん溢れている所に
※相談する、悩みを打ち明ける。その相談や悩みを受け止める「人」「組織」「家庭」「学校」「社会」の存在が希薄になっている。
だからこそ、親子、学校、社会それぞれのあり方を改めて考え直すべき時に来ているのではないか。
それがないと誰かがいじめの対象になり
そのいじめの対象は弱者に対して向かっていく。
それが子供だったとしたら、その子の将来はどうなるのか?
子供が攻撃されているならば、尊敬出来る親、先生など身近なところに常にストレスを抱えてしまうのではないか。
しっかりとその子の将来やその子が育って作る社会を考えて
大人が自覚を持って接する事が求められている。
2018年8月9日釈正輪老師講話会「私という人間を認めてくださる方に出会うか否か」
身近なところであなたがいるから私が頑張れる
そんな自分の事を認めてくれる方との出会いが大切で
子供は親から愛情が欲しい
親も、妻や旦那さんから認めてほしい
友達も、兄弟も恋人同士も
みんな認めてもらうと嬉しい気持ちになる。
それを釈老師はマザー・テレサとの出会いから学んだとの事で
感銘を受けたのは
「理解されたければ理解する事」
「許されたければ許す事」
「愛されたければ愛する事」
それが私を認めてくださる方との出会いにつながる。
私たちはいつも受動で「私を許して、私を愛して」と自分より先に相手に求めがちだが
それは駆け引きになってしまう。
宗教の根源は「与えて与えて与える」
それができて初めて自分を理解してもらい、許してもらい、認めてもらえる
釈正輪老師講和会2019年1月16日「価値観の多様性」
世の中が進む事に対して、価値観が希薄になっている事を感じている。
それは年間3万人近くの自殺者がいる中日々問題を抱えている事が凄く多くなってきて、
我々の親世代、おじいさん世代の方々が大事にしてきた事は何なのか?
私たちがこの国に生まれた事の意味はどこにあるのか?
それを講和会を通じて、日本人は素晴らしい民族だと自覚する所からご自身の経験を通じて、特に外から見る日本の素晴らしさの視点も踏まえて今年も活動していく旨のお話を頂きました。
「価値観の多様性」
我々が外に目を向けるというのもありではないか。
向こうに行って向こうで生活してもいい。
行動力のある方がどんどん出て行く事(海外で活路を見出す)がこれから出てくるのではないか。
昔の考えで昔こうだったからという理論はもう通用しない時代になっている。
そして親も価値観を変わらないといけない。
釈正輪老師講和会2019年1月16日「改めて思う仏教の大切さ」
2019年1月16日釈正輪先生講話会開催しました。
世の中が進む事に対して、価値観が希薄になっている事を感じている。
それは年間3万人近くの自殺者がいる中日々問題を抱えている事が凄く多くなってきて、
我々の親世代、おじいさん世代の方々が大事にしてきた事は何なのか?
私たちがこの国に生まれた事の意味はどこにあるのか?
それを講和会を通じて、日本人は素晴らしい民族だと自覚する所からご自身の経験を通じて、特に外から見る日本の素晴らしさの視点も踏まえて今年も活動していく旨のお話を頂きました。
昨年から、感じている事の1つに
今の状況を救う事が出来るのは、仏教しかないのではないかと感じている。
様々な宗教を経験する中、お釈迦様が唱えた仏教を教えていかないと本当に人を救う事は出来ないのではないかと
いう思いを強く持つ様になった。
その根拠の1つに、人間の持つ悪の部分も仏教はしっかり説明している。
良いところだけを見るだけではなく、生々しい悩みの部分も含めて人を救う事が本質的に出来るのが仏教ではないか。
いじめ、自殺問題、これからの時代と価値観など
厳しい、きつい、辛いと思われる内容を話されるのは、釈尊が現実の厳しい、貧しい方に対して説法を行っていたというのもありますが、これからの時代に対しての警鐘の意味もあって、海外情勢、天災、不透明な時代の価値観、など現実を直視してそれを乗り越えていくにはのメッセージが強いのではないかと思っていて、
個人としてしあわせを願う、望む、努力する人は増えていると思うのですが、社会情勢は逆にどんどん厳しい状況になっていくというのは前々から仰っているところであり、私の様な団塊ジュニア世代が突如抱える親の病気があったり、老人の貧困があったりなど現実が大変であればあるほど心の持ちようも強いものが求められる気がしていて、心についての学びの機会が自分の場合凄く多いなと感じます。
釈正輪老師講和会2019年1月16日「日本人としての価値観」
釈正輪老師講和会2019年1月16日「日本人としての価値観」
https://syaku-syorin.com/?p=604
世の中が進む事に対して、価値観が希薄になっている事を感じている。
それは年間3万人近くの自殺者がいる中日々問題を抱えている事が凄く多くなってきて、
我々の親世代、おじいさん世代の方々が大事にしてきた事は何なのか?
私たちがこの国に生まれた事の意味はどこにあるのか?
それを講和会を通じて、日本人は素晴らしい民族だと自覚する所からご自身の経験を通じて、特に外から見る日本の素晴らしさの視点も踏まえて今年も活動していく旨のお話を頂きました。
いじめ、自殺問題、これからの時代と価値観など
厳しい、きつい、辛いと思われる内容を話されるのは、釈尊が現実の厳しい、貧しい方に対して説法を行っていたというのもありますが、これからの時代に対しての警鐘の意味もあって、海外情勢、天災、不透明な時代の価値観、など現実を直視してそれを乗り越えていくにはのメッセージが強いのではないかと思っていて、
個人としてしあわせを願う、望む、努力する人は増えていると思うのですが、社会情勢は逆にどんどん厳しい状況になっていくというのは前々から仰っているところであり、私の様な団塊ジュニア世代が突如抱える親の病気があったり、老人の貧困があったりなど現実が大変であればあるほど心の持ちようも強いものが求められる気がしていて、心についての学びの機会が自分の場合凄く多いなと感じます。
ただ、病気とか貧困とかはなかなか表に出ないというか表に出しにくい、相談しにくいという事も感じていて、加持祈祷で解決出来る訳ではなく現実を直視し続けて説法を行い続けるという釈先生の姿勢は一貫してぶれないところだと感じており、自分自身も歴史の勉強をする為に参加していた講和会だったのが、段々と心、お金、の悩みに対して何かヒントを得たいという気持ちで学ぶ様に変化してきているなというのを感じていて、釈先生が言う仲間の大切さというのが、単に悩みのうちあけだけではなく、解決策に対して向かう仲間の存在
お金の大変さ=仕事を与えてくれる、お金を融通する
心の苦しみ=考え方のリセットや具体的な手法
の様に段々と、悩みを共有するところから解決策に向けて共に進んでいく仲間の存在というのがこれからますます求められていくのかなという感じを持ちます。
2018年10月17日釈正輪老師第3回講話会「古代を知る」
2018年10月17日第3回講話会「古代を知る」をテーマに開催しました。
釈先生からは
今回のテーマについてを話する上で、ご自身が日本人はどこから来たのか?日本のルーツを知りたいと思ったかについて
現在豊かになったと言われる日本において何故心の問題がこれだけ多く、自殺者が何万人もいるのか?
本当にこの国はこのままでいいのか?日本人はどういう志命を持ち、担うべきか?
という想いに至った経緯をお話頂きました。
2018年8月9日釈正輪講話会「お坊さんの役割」
説法してなんぼ。
皆さんの前で説法する事なく
葬式、法事など行うのも必要だが
寺院がなくてもいい。我々は道半ばで倒れてもいい。
それが本来のお坊さんの役割で昔から受け継がれてきた。
今課題になっているのは
安住した生活になっている中
道を説く事が出来なくなっている。
それは仏教に限らず様々な宗教家が堕落している原因。
改めて原点に返ってお坊さん、宗教家の役割は何かを考え活動していかないと
多くの方々の寄り所が無くなってしまっている。
2018年8月9日釈正輪講話会「歴史にはいろんな考え方がある!それを皆さんに分かって欲しい」
歴史は勝者の都合によって作られてきた経緯がある為、本当に真実か否かは分からない事が多い。でも真実かどうかは別にして、いろんな考え方がある!それを皆さんに分かって欲しい。
そのいろんな説がある中で最終的に良かった事、悪かった事を検証して良かった事はご自身に活かして欲しい。悪かった事はそれを繰り返さない様にしてほしい。
よくないのは鵜呑みにして流されてしまう事。歴史を辿ると疑問を持たずに入ってきた情報に流される事でファシズムが生まれた背景がある。
2018年8月9日釈正輪講話会「経歴について」
元々お寺に入りたい、住職になりたいという思いは無く
導かれて今の人生に至った。
たまたま10代の時にお世話になった方がいて、その方が臨済宗のお坊さんだった事がきっかけ。
その方を師事して修行に励んだものの長年経過すると、良くない事もいろいろ見えてきて悩んでいた頃に
1年間無銭旅行を実施。その1年の最後の頃に真言宗のお坊さんと出会う機会がありその方を師匠として仰いでいた。
真言宗のお坊さんが無くなった後天台宗に入るきっかけも出来た。
その後マザーテレサに興味を持ち、どうしても出会いたい気持ちでインドに赴き
マザーテレサと直接お話する機会があった。
「あなたはあなたのままでいい。悩みながら生きるのは辞めませんか」
その言葉が目からうろこで、今のままでいいんだと。どこの宗派に属する事無く生きていこうと決意。
その後韓国の禅宗との出会いがあり
いろんなご縁が自分を導いてくれて、ご縁があるところで学んで行こうと進めた結果が
様々な宗教に出会い、関わる事になった。
いろんな場所に行き、いろんな方々との交流の中において今まで知っていた日本についての歴史が全然違う情報が入ってきたり
それを皆さんに伝えていこうと
自分の使命を考えると
いろんな人達と友になった事が財産であり
私がそこで聞いたり見たりするものをFBする。それがお役目なのかなと
老人が多く自殺する国は滅ぶbyヒトラー死ぬのに適した日などないby釈正輪
一心敬礼。私は釈 正輪と言う日本の僧侶であります。本名は武藤宗英(僧名でもあります)とも言い、昭和53年に仏縁を頂いて以来、一介の僧侶として今日まで生きてまいりました。寺院の出身ではありませんが、因縁ありて在家より出家し、師をもとめて臨済宗、真言宗、天台宗、曹洞宗と研鑽しながら法縁を結んでまいりました。
釈の道号は釈泰然師の釈より、正輪の「いな」は西蓊老師より授かり、人の和を繋ぎ、また世界の平和を繋ぐ僧とならんことを期して命名されし僧名なのであります。
死ぬのに適した日などない--釈正輪
友だちについて~宗旨・宗派を超えて-釈 正輪
釈 正輪
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