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山口県の神社巡り 清流の町錦町 府谷・須川 河内神社三社巡拝編 岩国市錦町
清流錦川流域錦町の神社巡りと日本の風景 河内神社三社の紹介。
前回は旅動画・・今回は神社編です。二ヶ所の画像データ追加しました。
府谷の河内神社 川沿いの道の駅ピュアラインにしきにあり。明るくひらけている。
須川 河内神社 社殿も古いが彫刻もいい。大杉が多い 手水鉢がも面白い。
江龍寺 俊道様 下の病を癒す徳のある寺院。俊道大和尚の墓所へお酒を供えて祈願する。
上須川 河内神社 宇佐川沿いの上須川にある渓流沿いの御社。境内に岩国市重要文化財指定の大杉がある。スズメバチが飛んできたので本殿の写真は無しです。国道から少しだけ入った場所でちょっとだけわかりずらいです。
領主(開拓者?)讃井清原兼道により創建されたと伝わるらしいです。神木の高さなどデーターがサイトにより違いがあるが岩国市のHPを参照しています。
小瀬川流域紀行(二)美しい神殿のある「前飯谷・河内神社」広島県大竹市前飯谷
またローカルな話題です。自然の家やさかの上にある鎮守 河内神社の映像です。
小瀬川を遡ると弥栄ダムがあるそのバス停から渓流沿いに山へ入るとある山間の古い集落。
弥栄ダムバス停〜国道186号を少し遡ると上流の山側に以前動画をうpした後飯谷がある。
周りの山が迫り独特な景観をしている。
河内神社〜御祭神=大山津見命 水波能売命 山や水、川の神様ですね。
集落の成立にはいくつか説があるらしい 平家軍落人 松前(正木)進五左衛門 説、伊予正木城主渡来説など
(大竹歴史研究会HP記事より)
平家落人松前7兄弟が小瀬川を遡り飯谷川へいったった。川から箸(または柄杓)が流れてくるのを発見し上流に集落があるのを知ったとも言われる。
また松前氏を探しにきた源氏の五人の武者を接待し隠れていた松前(正木)進五左衛門が弓矢で倒したとも言われ進五左衛門の墓と(討手の墓もあるらしい)は今でも自然の家やさかの裏山に祀られているそうです。
【西国街道】 広島山口県境 〜小瀬川ながれと吉田松陰の故郷決別の歌〜 岩国市小瀬
古代山陽道の石國駅家に比定される山陽道は中世には一時荒廃したが近世になると 整備され江戸時代には参勤交代の道などとして用いられました。
関戸〜小瀬へ かつての国境の川 秋の気配がする流れを眺める。
車載が少し。小瀬川の日本の風景。定点観測。初秋。
歌碑は岸信介氏の揮毫であり、吉田松陰が安政の大獄で江戸へ送られるときこの渡し場付近を詠んだ歌らしい。
悲壮な感じですね。
川と山が綺麗だったので満足であります。
ただ惜しいのは錦帯橋で一時停止違反の切符を切られました< (^_^;) 気をつけます。
〜巨樹の風景〜 県天然記念物「津田の大カヤ」巨樹 広島県廿日市市津田 真幡(まはた)神社内
佐伯地区の津田にある真幡神社の社殿に傘を差しかけたようにそびえる御神木。
たまに行きたくなる。久しぶりの参拝記録。
樹高35mもある常緑針葉樹カヤの巨樹。県下同種で最大の木である。
モミに似ているが葉の先や果実の形状がが違う(もみの木=葉は先が割れ、果実は球形)
カヤの木は用材としては碁盤や将棋盤に用いられることが多い木でもある。
また、カヤの木の実は、楕円形で果実は鮮やかな緑の肉質の仮種皮に覆われているが熟すと紫褐色となる。熟すと割れて種子を落とすようです。
種子=食用になり アク抜きをして そのまま炒る、餅につき込みなどなどして食すようです。
また油が多いので、昔は灯火用の油(灯明)や食用油などに使われたといいますが見たことはないですよね。探偵ナイトスクープでお寺に保存された油で天ぷら?したのを見た記憶がある(曖昧だけど)
カヤの実、自体をあまり見る機会がないので初めて見ました。綺麗な色をしている。
2021 真夏
*文化財の詳細は県の広島大百科サイト津田の大カヤの項を参照しています。
水晶ケ城跡の麓 「臼山八幡神社」補遺〜 Usuayama Hachiman (師走 紅葉最盛期記録) 広島市佐伯区石内
令和二年12月 もみじの紅葉が盛りになったと思われた頃訪れた。
やや曇り気味でしたがだいぶ色付きが進んでおりまあまあ雰囲気は出てるかなと。宮島辺りは混雑しているというので避けてこちらへ再訪した。この辺りは古代山陽道でもある。
平安末期に始まり戦国時代厳島合戦の前まで 水晶ヶ城という大規模な山城があり厳島神主家藤原氏や大内氏の支配下にあったが厳島合戦前に毛利軍により落城後に廃城となった。城砦が大規模すぎて守るのに難しい故とも云われる。
旧社格は村社。八幡神を祀る。境内社=稲荷神社と新宮神社がある。
境内は結構広いです。石段したのもみじの古木のある石鳥居のところは駐車スペースになっています.。また社殿右手の境内隅に永井建子(けんし)の記念碑が建つ。
〜境内 由緒書より〜
延暦二年宇佐八幡より勧請された小祠が祀られ、後に築城された水晶ヶ城の鎮守として祀られた。現社殿はなかなか大きく造りどっしりしている。境内は大木が多くある境。昭和になり 皇紀二千六百年記念にて山腹を切り開き境内拡張して社殿を現在の位置へ移し祀った。
その1(紅葉はじめ頃〜社殿及び境内 動画 sm38073703
令和2年12月
紅葉が美しい境内/素盞嗚命と神武天皇を祀る 旧村社 宮内天王社〜黄落と大銀杏 (旧・厳島神社兼帯社) 2021
2021年 R3三年。初冬。今年最後の参道大イチョウの黄落が鮮やかな境内風景。定点観測。紅葉時期 今年は1週間あけて2回参拝したのでまとめ。
場所
廿日市市宮内は県道30号線が走り県道と御手洗川がぶつかる所の旧道を少し川沿いに遡ると参道入り口がある。ちょうど交番のところを入れば良い(交差点のところには吉賀町の柿木村アンテナショップがある)駐車スペースは細長く社前の道は意外に車が来るので注意。ゆっくり待ってバックでいれるのが吉か?すぐ近くのスーパー(買い物でもして)に止める手もある。
廿日市駅近くに廿日市天満宮があり(低い山だがかつての城跡)廿日市のそう鎮守でここの祭祀もしている。展望が良い。合わせてわせて参拝をお勧めする。
歴史
元来は広田神社の元鎮座地の麓にあったが、天正年間に海の近くなので津波災害で現在の宮内へ遷座した。元来は祇園社で牛頭天王を習合した神仏混交の社だった。
祭神=素戔鳴命、神武天皇など
明治後は八坂神社と改称したが戦後昭和44年頃 氏子の希望で宮内天王社へ社号を再度改称した。
名称は長い神仏習合時代の牛頭天王の語感を生かしたか神武天皇伝説の絡みからなどと言われる。
江戸時代〜厳島神社兼帯七社の一つだった(祭祀を厳島神社の祀官が行い社殿などの修築も厳島神社が賄った神社)境内にあります社殿修築の寄進者を記載した石碑を見ますと、厳島神社が多くの寄進をしていました。
境内は大木も多くあり村社として守られてきたようです。旧山陽道が近くを通っていた場所でもある。御手洗川沿いあたりは大体山陽道にあたるらしい。
カメラ担いで1分弱で巡る♪♪ 防長路2 「初冬の上関 海と島の風景 点描」 山口県熊毛郡上関町、平生町
山口県上関町(長島)と平生町(大星山)の風景。写真で綴ります。ショート。
Macの写真でインスタ用にメモリームービー作成したらよかったからちょい字幕を入れただけであります。
音楽は自動で付加されたやつそのままです。これ合うね^^
まだこれだけしか処理できてないのでとりあえず。雰囲気は出てると思います。
本編はぼちぼち作成しますです。
撮影=OM-D EM1 markⅢ +iPhone
広告御礼申し上げます^^;人
no=name(ナナシ) 様
赤城山登頂記念 様
龍休宗庵 様
ビーバップ八戒 様
【小行司〜こぎょうじ〜】多賀山海抜330mに鎮座「多賀神社」 山口県熊毛郡 田布施町大波野の飛地
神社編・多賀山330m山頂には多賀神社が、鎮座しており信仰の山である。昔 多賀大社を勧請したもので、イザナミ、イザナギの大神を祀る
小行司は、熊毛郡田布施町大波野の飛地で周囲は光市、柳井市、岩国市に囲まれた場所。
山頂の石段のところからはからは展望もよく熊毛半島や周防灘の海も望まれる。
一つ謎が神殿の真下にミニチュアな小さいオヤシロがあるんですが北?の方を向いています。云われ不明です。
田布施のHPに毎月20日が祭礼だとか書いてありましたが行けたら聞いてみようかのう。
アクセス
県道138号線沿いに登山口がある。
柳井市伊陸〜しばらく西に走り途中岩国市周東町田尻あたりから138号へ入る。山中の力士小桜碑、郷江集会所が目印である。広いところへ駐車して県道を少し歩くと多賀神社の小さい道標がありここから登山口。
もう1ヶ所はここからしばらく走りますと峠に多賀神社の表示があり参拝用林道からのルートもある。車で入れます。地図で見たら別に黒杭から林道?もあるみたい。
多賀神社のある山頂の雰囲気は大変よろしいです。山桃の神木や木漏れ日、森が私はいいと思います。南側の眺めも良い。今年2回目。
境内がいいんですよ。雰囲気が清々しい聖域の感じがします。木漏れ日のさす晴れた日に行ってほしいですね。地面は箒の掃きめがあって踏むのが申し訳ない感じ。
登りとか特に縦揺れしちゃんうんだよね スタビライザーいいけどチャイナ製のいろんなソフト入れるの好きじゃないんだよなぁ。
頑張って編集した。動画部分の素材がイマイチなのは反省です。車で行った時の前回の写真消しちまったからなあ。タイトルがズレてた ミスがw このまま行きます^^
波野 (Hano)河内神社(Kouchi jinjya)と境内社 楮祖神社(Choso jinjya) 初秋の山里
県道69号線沿いの岩国市本郷町波野地区の河内神社
境内社〜国内唯一の和紙の神様=楮祖神社
〜山代和紙は毛利藩の三白(塩、米、和紙)の一翼を担った重要産品でした
暦の上では秋なれど猛暑のなか、国道187へ接続する県道69号沿いの波野地区の河内神社と境内社楮祖(ちょそ)神社へ。今年2回目ですが季節や光天候が違うとまた雰囲気も変わる。
河内神社のカエデの紅葉が綺麗らしいのでまたみてみたいです。
河内神社境内にあり楮祖神社は日本で唯一の和紙の神様として祀られるので珍しい。普通の山間の素朴な神社なんですけどね。なんか味があります。大杉と楓の大木がある。
楮祖神社 所持の本 山口県の歴史散歩によると。
中内(ちゅうない)右馬允を祭神として祀る。河野氏の一族で永禄年間の山代地方に所領を持ち楮(こうぞ)栽培と和紙の製造広めさせた先駆者。この恩を徳として神社が創建された。
紙の神様で国内唯一。右馬允の墓所は裏山の木立の中にあるそうです。
春先と今回で都合三回目なんだけど 手持ちの山口県歴史散歩の書き込みを確認したら 平成九年に初め来た見たいでレンタカーでドライブした時かな 懐かしい。
8月猛暑の中にて
<山口県の神社>周防富士氷室ヶ岳の麓 旧氷室大権現 氷室亀山神社 柳井市伊陸
柳井市の内陸の地域。周防富士と呼ばれる氷室が岳の麓にある氷室亀山神社。
氷室が岳8合目あたりに昔はあったが1500年代くらいに氷室池があった現在地に遷座。氷室池(遷座の後しばらくして埋められてない)
今は静かな田舎の神社。昔は氷室大権現として信仰を集めたらしい。
氷の貯蔵庫の氷室が、氷室がヶ岳にはあったと言われている。創建の伝説では修験道が縁起に関係しているらしいです。
山頂には石のほこらがあります。
氷室神社と亀山神社が合祀されて居ますので現在の社号になっています。天満宮も合祀されており
伊陸天神祭などもあるようです。
今回行くと 御朱印もありました(書き置きですが入れ物の箱に御朱印料を入れておけばおk)
10月24日 行ってきた。5回目?w
晩春の 大竹 疫神社・大治社大竹市元町
広島県西端の街大竹市 鎮守大瀧神社の元の鎮座地(弥ヶ迫)にある「疫神社」(疫病を鎮めるため祭られた)と大治(おおし)社(宗像三神中でも田心姫命を祀る)大瀧神社〜御神幸の終点でもある。
桜のころも撮影したので桜模様はまたうpします。
大竹地域の言い伝えでは=ここの場所あたりに厳島神社創建社として知られる流刑中の佐伯鞍職(くらもと)が居住していた場所と言われる。厳島明神鎮座伝説中では所の翁とも呼ばれる。疫神社境内の 山の方に所塚(佐伯鞍職の形代をおさめているという)
注)この時は上までは行かなかったのですが、推古桜(途中で折れてる)が見えるところまで上がりました。そこから見た感じでは楕円形の石がいくつか据えてありちょうど墓所に花筒にシキミが供えてあるように見えたもんで。写真は失敗してた。
もしかしたら所塚自体はさらに奥かもしれません。墓の可能性も機会があればまた見てみようかな。
大瀧神社 宮司家=所 氏ですからね 佐伯氏の系譜か?
大治(し)社=田心姫を祭るお社。恵比寿様も合祀されているようです。
疫神社(やくじんじゃ)
大国主命、少名彦命(字幕=打ち間違えてます訂正します^^; 動画はこのままにします)、素盞嗚命〜祭神は元は牛頭天王なんでしょうね。
所の翁=伝説ですが、厳島明神が厳島へ来た時、海上で出会った釣りをする翁。どこのものかと問えば
所のものですと答えたという伝説で(この土地のものです意味)厳島神社創建の佐伯鞍職である。
佐伯鞍職(大竹の説話では)、または別の人物とも・・。
歴史的なものは大竹歴史研究会のHP記事を参照しています。
〜外資メガソーラー建設で揺れる〜岩国市美和町秋掛 長閑な春(桜・菜の花咲く)里模様と建設現場
4月初め 岩国市美和町 山間の里で長閑な風景が広がる場所。
桜や菜の花が咲き乱れる時期に美和町阿賀の古社 速田神社へ行くため山越えをした。
基本山里の景色の動画です 秋掛の菜の花、立岩地区の桜、阿賀へ抜ける途中の風景写真などで構成。
今この里は外資系が入り込んだ大規模メガソーラー事業で揺れている。(上海電力)
元々旧美和町時代ゴルフ場開発予定が頓挫しその後メガソーラー発電の事業者が参入したようだ。
山上は大規模旗切り開かれハゲた状態になり、発電施設設置をへ向けて工事が爆進中。
ここもそうですが広島県西部や山口東部の山間の集落で中小のメガソーラーが激増していますしかも、耕作地にまでです。コロナ前にはなかった物・・・最近あまりに多いのでびっくりするやら心配になります。
他の地域はどうなんだろう。
カメラ担いで♪ ♪ 1分弱で巡る 芸州路2「早春の旧山陽道 木野(この)の渡し場跡と僅かに残る古い町並み」 広島県大竹市木野
旧山陽道 木野(この)の渡し場跡周辺と街並みのダイジェスト風景。旧型ですが^^新しいカメラの初テスト。
安芸国(芸州藩)と周防(長州藩)の国境線である。昔々は小瀬川(木野川)周辺は、優良な和紙の生産で栄えた地域ですね。
取り急ぎ切り取り。長めの通常盤もあげます。青葉が出た頃 そのうちもう1回ちゃんと撮りに行きたい。
1分弱・・まあ極短めくらいの感じです・・基本BGM1曲範囲かそれ以下でまとめる感じでいこうかと。
撮影 Panasonic LUMIX G9 Pro /LEICA DG- VARIO ELMARIT12m-60mF2.8-4
4K撮影。
☆Voicepeak★ 安芸太田町 津浪 「可憐なホソバナコバイモの花と河内神社」(御案内=彩澄りりせ&フリモメン)
広島県山県郡 安芸太田町〜ホソバナコバイモの開花と津浪 河内神社の
御神木の境内の杉の大木の風景。
神社案内ガイドは彩澄りりせちゃんと解説=フリモメン(voice peak)さんです。
立ち絵OP・EDの最小限にとどめております。 りりせ&フリモメンさんのご案内による神社参拝記。
津浪 河内神社は1375年創建の古社。この地方が開拓されていた時期
南北朝時代に河内国から移住した影浦氏が勧請して建立したのが始まり。
創建以来守られてきた社叢の風景は壮観である。
細葉花小貝母
ホソバナコバイモ 日本固有の小貝母で絶滅危惧される山野草。
球根から茎が伸び五枚の葉と釣鐘型の白い小花を咲かせます。
花の最盛期をやや過ぎた3月20日訪問。3月上旬〜4月上旬が花期
5月に種実り地上部が枯れる。
坂と猫の港町 尾道の寺社巡り(五) 尾道海峡 夕暮れの船影
寺社巡り後半を振り返り総集編〜江戸時代の豪商建てた爽頼軒の庭園を塀越しに少し眺め(公開日が土日祝日に決まっているため平日は見れない)
〜本通り商店街を歩き久保八幡神社(亀山八幡神社)参道石鳥居〜海岸通り、土堂(つちどう)渡船場〜駅前渡船場〜夕方の尾道海峡の船行き交う風景。
海峡を眺めてたら飽きないです。つい時間を過ごして日暮れ間近でした。
尾道 海 船 海峡 夕暮れ 港町の風景風情 。
字幕 訂正=×浄土宗寺院ではなく〜 ○時宗寺院が正しいです。
Voicepeak 【彩澄りりせ&Frimomenと行く】 初夏の尾道路 尾道寺社巡りコースと夕暮れ前の海峡
修正版。5月後半 昼間に倉敷の阿智神社、里庄へ行って岡山から帰路に尾道駅で途中下車。
夕方16時台に到着〜
尾道の寺社巡りコースを散策して帰る。尾道らしい路地歩きなどもしたかったので^^
紫陽花咲く寺院や山腹の住宅街を縫うような細い道、尾道水道の風景や港の渡船行き交う風景です。
地味な内容ですが興味がある方はどうぞ。
この日尾道巡拝で回ったお寺リスト以下
二階井戸(持光寺参道横にあり)持光寺と紫陽花
光明寺
吉備津彦神社と宝土寺
商店街を駅へ点描(少々)夕焼けカフェのドーナツ美味いよ
尾道水道の黄昏時(18時ごろ?)渡船と海の景色
撮影=OM-D EM-1 MarkⅢ レンズ=M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO
立ち絵はVoice peak公式の配布画像をお借りしております。
【広島市の神社巡り】山間の緑の田園に鎮座する「大歳神社」 広島市佐伯区湯来町下 松原
広島の山間部 佐伯区湯来町。国道434号線の沿道。水内川沿いの田園地帯に鎮座する農耕神の神社。R4年5月31日参拝
周囲は田植えされたばかりの田園が広がり緑が目に染みる季節。
小さな鎮守の森と社殿が緑の風景の中に浮かんでいる。
由緒は不明。地図で見ると松原と記載された地域のようです。石碑には松原神社とある。
神社庁の佐伯区の項も記載はなかった。
地図で見ると大歳神社の数がこの地域周辺に大変多い。近くの麦谷や太田川まで出た飛地の湯来町下の(水内駅跡付近)大歳神社、安芸太田にも多い。
つづき 太田川左岸側の大歳神社sm41791996
冬の周防大島への日帰り撮影旅【一心うどん、白鳥八幡、小松港の夕日】 大島郡周防大島町
冬の寒波到来の直前 山口県周防大島へカメラのテスト撮影に出かけた。
ダイジェスト版で。
三蒲 文殊山 山麓 一心うどん
日前 白鳥八幡宮
小松港の夕日と室津半島の眺め
うどん定食松2000円・梅1500円・カレーうどん定食2000円 今回は梅で(珍しく外食)
梅=うどん温玉入り、小鉢、香の物、ご飯、飲み物(今回は自家製チャイ)オーガニックコーヒーもあり。薪の火で茹でるので時間かかるけどゆったりしていくところ。約1時間位いました。
他うどん単品もあり ミニケーキなんかもある 素材はおおむね国産や無農薬栽培などを使う。味も良い。だしは、いりこが効いていて飲み干しました。自分の感覚ではややですが塩気はきいた味かな。
薄味は嫌なんでおkです。
nikon D3000
ペンタックスK70
動画部分・一部写真はiPhone se2
音楽
iPhone付属のまま。
晩秋の上関 竈(かまど)八幡宮参拝記(山口県熊毛郡上関町長島) R4.11
上関は古代においてはは竈戸関と呼ばれていた(地形からの名称らしい)また風待ちの港などとしても用いられていたそうです。後代に上関と呼ばれるようになる。
周防長門の海には下関〜中関〜上関と瀬戸内航行する運搬船の海の関所(番所)があり荷物などを検査したりしていた。
戦国期は大内氏の支配地域となり後には毛利の支配もうけ海上勢力能島村上水軍も活躍し上関城もあった(船舶から通行料を徴収していた)
海上交通の要衝でもあったようです。江戸期は北前船の風待ちの寄港地として大いに栄えたようです。
wiki参照
竈八幡宮=由緒書によれば〜はじめ祓戸九柱神を奉斎し後、香椎から神功皇后、文徳天皇の御代再度八幡神の三柱を勧請され竈八幡宮と呼ばれた。
日美の木という山上(おそらく?)から後に現在地へ遷座し境内山上で旧宮地へ向けて
日美祭も戦前までは行われたようです。
年末からはじめ〜新年にようやく完成。
カメラ担いで♪♪ 1分弱で巡る 防長路5「信仰の山 大将軍山と銭壺山」
これ初詣で1/2に行ったんだよな。詳細は、登山(山の8合目から林道だけどね)と神社を合わせた動画にします。
1.大将軍山 大内氏と河野水軍との大島沖での海戦に由来する大将軍社(現・霧峰神社)がある社前の木々が切り払われた。
2.銭壺山には整備された施設宿泊棟、研修施設などがあるエリア。車でも登れます。瀬戸内の景色が素晴らしい。
これはとりあえずiPhoneの写真で構成。本編はまだ未着手。登山祭までに作成予定。
水晶ケ城跡の麓 「臼山八幡神社」Usuayama Hachiman (自然豊かな境内と紅葉の始まり) 広島市佐伯区石内
平安末期に始まり戦国時代厳島合戦の前まで 水晶ヶ城という大規模な山城があり厳島神主家藤原氏や大内氏の支配下にあったが厳島合戦前に毛利軍により落城後に廃城となった。城砦が大規模すぎて守るのに難しい故とも云われる。
旧社格は村社。八幡神を祀る。境内社=稲荷神社と新宮神社がある。
11月 終盤 紅葉が徐々に始まり出す頃。一部色付いていた。境内の木々の映像が多いですが。きれいに撮れた感じがします。境内は結構広いです。石段したの紅葉の古木のある石鳥居のところは駐車スペースになっています。また社殿右手の境内隅に永井建子(字幕訂正=けんし)記念碑が建つ。明治の軍楽隊から始まり幅広く活躍。作曲(元寇、雪の進軍など)なども行い明治の西洋音楽の先駆者の一人。あと・・・神社参拝は5分以降からです^^; 記録用なんで映像長いです、適当に飛ばしてください。
〜境内 由緒書より〜
延暦二年宇佐八幡より勧請された小祠が祀られ、後に築城された水晶ヶ城の鎮守として祀られた。
現 社殿はなかなか大きくどっしりしている。境内は大木が多くある。昭和になり皇紀二千六百年記念にて山腹を切り開き境内拡張して社殿を現在の位置へ移し祀った。
歴史
水晶ヶ城または水晶城(すいしがじょう)=wikiや石内公民館HPの古里巡りを参照。
この辺りには石道本城と新城があったとされ川向こうのバイパス側に有井城跡がある(ほとんど残ってない)古里巡り記載に従い有井城=石道本城としました。
源平の頃 源範頼軍が影ともの道をとおり平家追討した時この城にて佐々木国正が平家方と戦ったらしい。武神として次第に信仰されていく。城は次第に拡張されていったのであろう。
戦国期には厳島神主家 藤原氏領〜大内氏支配下になり麻生右衛門が城主として赴任した時に、新たに社殿を造営したと伝わる。
城は山全体を城郭化した連郭式山城で相当規模が大きなものであった。今も山中に城跡があ
る 令和2年11月
初夏の周防岩国案内(彩澄りりせ&Frimomen)「吉香公園」徴古館周辺の新緑を訪ねて 岩国市横山(Voicepeak)
今回は、吉川公の城下 吉香公園内の普段は観光散策 岩国市の博物館的施設 徴古館のさらに奥へいく。 祖霊社のさらに奥にあるの茶室とか?(気づかなかったので)
現在は徴古館付属の旧吉川事務所建物は初めて行くエリア。
許可とか面倒なので徴古館内は撮影はしませんでした。様々岩国関係の復刻販売書籍もあるよ
お堀〜徴古館(吉川氏が寄進した岩国の歴史風物を紹介した博物館的な施設)、厩門、牡丹園、旧吉川家岩国事務所〜吉川家祖霊社(吉川氏の祖霊社で東京の吉川亭から移築らしいです、外から拝見のみですね)と社前のややあれ加減の庭〜H三十年に改修された吉香茶室〜吉川史料館と昌明館遺構(門)
2023の季節の花と新緑=ツツジ、牡丹、シャガ、茶室のもみじや城山などの新緑
撮影=今回初めて全て旧オリンパス(OMデジタル)OMDーEM1markⅢ 4K30P撮影(素材)
また需要ないだろうと(´-ω-`)思いつつ音声なし字幕少しと音楽だけ入れてベース動画版をあげます。
先月から数年計画で食事制限してるのでグルメ系とかのは当分できそうにないからそう言う要素はないです。
第3稿(初稿とは音楽を変えました〜Voicepeak化して上書きしました)
一度岩国へおいでませ^^人
埋もれゆく動画の墓に牡丹かな ダーレス
山口県HP文化財解説、案内板、岩国市の観光サイト参照。
一応説明はわかるんだが厩門の説明で声が小さめのところがあります。修正間に合わず。
別に修正して再うpしたが・・全体にはに問題ないのでもうこのままにして非公開にしとくわ。
カメラ担いで♪♪1分弱で巡る 防長路3 「周防大島 日見 西長寺」 2024.1
先日日帰りで訪問した山口県大島郡の周防大島 日見の西長寺の夕暮れ時の写真です。
もう梅が数輪と水仙が咲いていました。
macの写真でうまいこと繋がりが生成されてたので、別に音楽をつけただけ。
日御崎の続きの作成に手がつかないのでとりあえず今取り込み済みの写真だけ
・・動画素材がイマイチなのです。
撮影=OLYMPUS OM-D E-M1 Mark III
【Voicepeak安芸路巡り】車載・県道293号 廿日市天然記念物 「大虫のしだれ桜」〜広島市佐伯区湯来町多田 湯来ロッジまで
リメイク祭2024/ 桜、車載リニューアル。
R4 花前の風景と桜の開花期の映像、花前時の車載動画をまとめた。
県西部 廿日市市の山中 虫所山の大虫から広島市佐伯区湯来町多田へ抜ける〜温泉国民宿舎
湯来ロッジまでの車載抜粋。途中森の中や点在する集落、大谷川や水内川の渓流沿い、滝を抜けていく。
車載の時は、虫所山・大虫の枝垂れ桜の様子を見に行くがまだ花前であった。
1広島 花巡り1(shidare sakura)〜 天然記念物のしだれ桜R4
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41313568
2【県道車載】県道293号 廿日市市虫所山 大虫〜広島市佐伯区湯来町多田 湯来ロッジまで
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40276191
変更点
1 Voicepeak化
2 OP追加
3 画像、写真を挿入追加
4 解説字幕追加
5 車載を編集し直してカットして繋げた。
6 桜の動画も編集して繋げ直した。
7 BGM一部入れ替えイメージを変えた。
画質はそれなり。2023年満開の頃 一眼で撮影したんだけどまだ手をつけてないんだよね。
広告御礼 ^^;人
nopposan様
副隊長様
【Voicepeak】 りりせ&フリモメンと行く神社巡り〜周防山代〜桜満開の明神原と滑「河内神社」岩国市美和町
滑・河内神社と谷にある明神原なごみ広場の晩春の花模様映像 かなり改訂しました。
山口県美和町 音声ガイドと字幕あり
大同元年創建=河内大明神 元はもう少し奥の瀬戸の内、宮本から宝永2年にここ滑に新しく社地を開き遷座したようです。今も祀られた小祠があるようです。
現在の岩国市美和町滑にある古社である。
岩国市北部 美和、本郷、錦あたりは山代地方と言われた。
明神原もあるし結構好きなので四季折々訪れます。
追記〜由緒書に曰く「配神の一柱の天津日子根命は、河内国造、山城国造、周防国造の祖神なりと言われ共に祖神を同じくする氏族だったらしい。平安期に周防国に移住したそうした氏族は、この地を山代と名付け地域地域に社殿を建立して祖神を祀った。 その一つの神社なのだろう」
季節季節に良い明神原なごみ広場の桜なども合わせて見たいところ。
撮影 PENTAX K-70 iPhone se2
202年,2023年映像のまとめ記録。
公式から拝借した立ち絵はOP、ED、本編。
コトバンク滑河内神社 記事、由緒書参照。
Voicepeak ♪ ♪安芸路巡り「早春の旧山陽道 木野(この)の渡し場跡と中津原の古い町並み」 広島県大竹市木野中津原
Voicepeak版 旧山陽道(西国街道) 木野(この)の渡し場跡周辺と街並みの風景。
旧型ですが^^新しいカメラのテスト。
前半、終盤 Voicepeak解説 中盤は字幕とBGM (歌唱入)で構成なので音声ガイドなし。
安芸国(芸州藩)と周防(長州藩)の国境線。船の渡し場があった場所。武士は無料、人は2文、牛馬4文
節約する旅人用に徒歩で渡る浅瀬もあり徒渡りの瀬=70cmほどの水深があったらしいです。
昔々は小瀬川(木野川)周辺は、川船を利用した物資集積地で山間部、沿岸部の物産が行き来した物流の中継で栄えた商業や味噌醤油、酒の醸造も行われ各地へ販路を求めて運ばれた。
また木野や対岸の小瀬など小瀬川周辺は優良な和紙の生産で栄えた地域ですね。
大竹歴史研究会のサイトを見ますと多い時は40艘余りの川船が行き来していたらしいですね。
木野1丁目(中津原)周辺は小瀬川(木野川)の土砂が堆積してできた土壌のようですね。
やや上流は木野2丁目で上木野と呼ばれた。
細かい歴史的なものは大竹歴史研究会の解説を参考にしています。詳しいサイトです。
撮影 Panasonic LUMIX G9 Pro /LEICA DG- VARIO ELMARIT12m-60mF2.8-4
4K撮影。
音楽がニコニコ関連限定なので、ニコニコバージョンです。
西中国山地の山里「江龍寺 」〜腰から下の病を癒す功徳〜俊道様 (しゅんどう さま) 山口県 岩国市錦町須川
1年ぶりに真夏に参拝。岩国市錦町須川地区の民間信仰「俊道様」の寺院。国道434号線沿い錦町須川にある~曹洞宗 江龍寺へ参詣。地元では腰から下の病を癒す功徳でよく知られる寺院。二回目。
俊道様
十五世俊道(しゅんどう)大和尚は名僧として知られ地域の民衆教化をし慕われていた。
晩年、下肢の痛みや腰の痛み裾の病に悩まされていた、明治15年 遷化される時にこう言い残された、
「わが墓に酒を持ってお参りしたならば腰から下の病を癒すであろう云々・・・」
以後腰から下の病平癒を祈り参詣者が絶えず〜今もなお参詣が多いようです。快癒したと云う方も多いと言われています。お堂の裏の酒瓶塀をなす様子を見てみるとわかります
自然の中清流のそばにあるお寺、何があると云うわけではないですがいい感じですよ。
夕方近く瀬音や蝉の声の中ふわあとお酒の甘い香りがしていました。
お参りの仕方=基本酒1合を2本持参します。お供えして、蝋燭や線香をつけ「南無俊道大和尚」と 三度唱えます。1本は半分ほどお墓の周りにかけたあげて下さい。残りは供える。1本はそのままお供え するか持ち帰り少しずつ飲むと良いそうです。
寺の斜め向こうには巨樹のスギなどがある須川河内神社が鎮座する。
宇佐川はカジカガエルの声もしました。清流です。
高照寺山麓 祖生(そお)新宮神社、長寶寺(創建1200年)岩国市周東町祖生(旧玖珂郡周東町)
一分弱登山動画祭であげた氷室ヶ岳の関連として山向こうの祖生(そお)を散策します。
山口県の東部の周防(すおう)旧玖珂郡を廻りました。
この日の行程〜まず旧山陽道を経由して難所の中峠を越えて玖珂(くが)市街に向かわず周東町祖生ヘの道をたどりました(これは毎回定番コースです)新宮神社、長寶寺を回り〜この後先に動画をうpした藤生の松巖院へ行きました。動画は新宮神社から〜
新宮神社」
岩国市周東町 祖生(そお)にある古社。社殿の姿が大変いいです^^
この地はお盆にある「柱松」などの伝統行事で有名。
かつて祖生は厳島神社別当寺 水精寺(今の大聖院の前身)の寺領であったそうでその関係で大内氏の名により源宗光が厳島明神を勧請したという。社(やしろ)はそれ以前から存在した模様。
江戸時代は吉川氏の祈願所だった。
他に祖生には近くに延喜式内熊毛神社論社「岩隈八幡宮」(古い方)などもあります。
洪福山 長寶寺(ちょうほうじ) 観音霊場の 創建1200年は経つと思われるの古刹
行基菩薩が行脚中に高照山中の高所に補陀落に似た場所を見つけ観音菩薩像を彫り祀ったことから
始まった縁起がある。創建時は密教寺院で大同年間の記録などもあるようです〜1338年普明国師により臨済宗に変わり中興されたが江戸時代古い伽藍を焼失したのち現在地へ寺院を降ろしたということです。
山門をくぐると大変見晴らしのいい境内があり本堂がある。
一段高い場所に観音堂があり、十一面観音菩薩を祀る。
周防三十三ヶ所観音霊場二番。この霊場は大内弘世が勧請した霊場で古いものである。
霊場のHPによれば観音菩薩像は見た感じから藤原期(平安時代)の作ではないかとの記述もあった。
33年毎開帳の秘仏で明治以後は7年ごとにのみ開帳されています。
周防33ヶ所観音霊場、長寶寺サイト参照。
修正機能試してみた いいね^^
令和2年 緊急事態宣言・自粛で静かな【 新緑が映える錦川 錦帯橋と吉香公園風景】 記録 山口県岩国市
新緑の色映る錦川を散策した記録。錦帯橋を渡り吉香公園へ。
緑が濃い清流と五連の名橋。
私の定番コースで大竹市の186号線でゆうみトンネルを抜けたところ木野集落から入り
旧山陽道の小瀬渡し場跡の新緑、小瀬川の流れと吉田松陰の歌碑〜錦帯橋と錦川の清流、古社の白山神社、吉香公園の風景など
この時期は城山が若葉で埋まり錦川に映えますな。
2020 .5
田舎でもあり十分な空間があり固まらず、人と密接な接触をしない、マスクなしで喋らない。人がいればマスクをする。食事にしゃべらない。洗わない手で目鼻などを触らない。自他の安全を配慮すれば場所にもよるが、散策など体で動かせます。
京大藤井教授らの提言されるレジリエンス実践ユニットの半自粛方針を支持します^^
*R2年 錦帯橋周辺 岩国城下 吉香公園の秋を探して sm37700712
岩国市美川町根笠(Mikawachou Ngasa) 国天然記念物指定 岩屋観音窟 sm37522898
小さな鍾乳洞にあり木造でありながら石仏になった古い観音様です。
寂地峡(Jakuchi kyou)滝と自然観察路B(合成音声ガイド入り)sm37527628
岩国市錦町宇佐(旧玖珂郡錦町)県名勝 西中国山地国定公園内。
【フリモメン動画投稿祭2023】フリモメンと行く宿場町海田「千葉家住宅」と江戸期中期改修の「泉庭」の紅葉2022完全版
基本は同じですが、記録として。動画、写真の増補改修完全版(長目) 間に合ったぜ
良い声のリリせちゃんはわしの中ではフリモメンの2号機です。
千葉家住宅の江戸中期に座敷等建て替えの時 1774年改修のお庭(江戸初期築庭)泉庭がある
広島県の名勝指定。座敷棟=県の重要文化財指定。
2022年11月に訪問時のもの(iPhoneで撮影なので画質はそれなり)。
この時iPhoneしかなかったので紅葉の写真が日陰のあたりは厳しいですね。
西国街道(旧山陽道)広島から東へ最初の海田宿。現在も街道の雰囲気を僅かに残す町。そこには旧千葉家住宅が現存する。千葉家は元武士で上総、下総で勢力を張った千葉氏の一族で永正年間(1504〜42年)安芸の国へ下向した。大内氏や毛利に仕えたのち毛利氏が防長移封の時に武士を止め広島城下で商人となり神保屋を起こす。
広島藩により海田宿が整備されると海田にて神保屋は酒造業などを営む傍ら天下送り、宿送りの業務に携わるとともに宿場の重要な役を務めた。
注)天下送り=幕府の公文書や荷物も運搬 継ぎ送り(広島城下及び上瀬野まで)宿(しゅく)送り=広島藩の公文書類、荷物の継ぎ送り(尾道奉行との連絡を中心)〜
家紋が蔵などにありますが=月星紋(つきほしもん)妙見信仰に関係した千葉氏の家紋。
微修正しました。
街道歩きは2019年に行ったかな 再度 海田や瀬野を歩いてみたい。
広告礼申し上げます
めし太郎 様
イルカッパ星人 様
赤城山登頂記念 様
龍休宗庵 様
晩春の周防山代地方阿賀(あか)の古社 「 速田神社」 2022晩春
2023春 桜開花時期参拝 例の環境問題で揉めてるメガソーラーのある地域に近いです。
山里ながら古来厳島神社とも関係が深かったようで言い伝えでは厳島明神から神供米が送られていたこともあったらしい。
今も御烏喰式(おとぐいしき)も行われる。
現在の社殿は江戸時代後期の建立のようで三間社流造り〜岩国市の有形文化財指定。
現在地には阿賀の藤木というところから明治時代遷座した模様。
祭神など由緒など境内になく不明。おそらく市杵島姫など宗像神を祀っているのではと思われる。
縁起が不明なため探して美和町阿賀ブログラブHPの縁起に関しての記述を参照しました。
縁起説話については「神が女人姿で降臨し、早稲(イネ)を速く成熟して見せ里を守ると告げて田圃へ消えた」というものだそうです。
この辺りは岩国往来(岩国城下と山代街道を繋ぐ道)が通っていた。近くの雲照寺付近から県道とは別に昔の峠道があるらしい。県道130号線は雲照寺峠を越えて本郷へ続く。
速田神社という社号にかんして安芸の式内名神大社「速谷神社」が江戸の頃まで厳島の隆盛により
厳島の摂社的な位置になり速田神社と号していたと云いますのでそこから勧請した可能性が高い。
速谷の御祭神は安芸国造の祖神系=阿岐速玉男命ですからね?
注)音声解説では市指定重要文化財と言っておりますが正確には市指定有形文化財です。一部自治体では県指定、市指定重要文化財と呼称するところもありますが、正確には重要文化財は国指定のものになります。
【Voicepeak 防長巡り】岩国市周東町の「川越地区」を行く!リニューアル版 〜獺越(おそごえ)三瀬川(さんぜがわ)他〜 岩国市周東町(川越地区)
日帰りで岩国市周東町へ1日の初見探検です。この地域は川上地区までしか行ったことがないので初めて。
国道2号線から県道5号周東美川線を行く予定が道を間違えてしまいまして、まずは蓮華山の麓にある谷津地区へ
内容
1玖珂町の谷津・比叡神社 2隕石発見石碑 3丹生河内神社(さんざん探してニノ鳥居まで・・スズメバチがきたあああ。残念うp主は再度刺されたらヤバいのです)3旭酒造 獺祭ストアの風景。
後半〜獺越 河内神社周辺 三瀬川の川越大神宮辺り 川上の鮎原劔神社へ
撮ったつもりが間違って削除したか・・三瀬川集落あたりの写真がない また行くつもり。
蛇漬渕とか三瀬川河内神社へ行き損ねておる。檜余地(ひよじ)地区もいってないです(八代に近いあたり400m越えの標高)東川(島田川系)、根笠川(錦川系)の源流地帯。
獺越(おそごえ)とは周北小学校のサイトによれば、昔々下の川上村でカワウソが人をよく馬鹿して里人が追いかけこの辺りまできたから獺越え・・と言われたという話もあるそうです。
元動画
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41354484
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41332905
保存していた日帰り旅の二本を読み込み一本にまとめた。
元動画7:38と11;52→やや縮めたが18;27にまとめた。
音楽を大幅に変更させていただいて雰囲気を変えた。
Voicepeakの音声化。
比叡神社あたり、鮎原神社などは一部画像を元のスライド素材から撮影素材があるものは入れ替えた。多少順序も変えた。
OP、ED追加変更。
広告御礼♪
はに様
盤上のマジック/ニック 様
地を這うおさしみ 様
nopposan 様
nanashinogonbei 様
ゼルディア 様
龍休宗庵 様