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<ニュース・コメンタリー>美濃加茂市長贈収賄事件・贈賄側有罪が物語るこの事件の異常性
美濃加茂市の藤井博人市長をめぐる贈収賄事件で、1月16日、30万円の賄賂を送ったとする贈賄側の会社社長に有罪判決が下ったが、そのこと自体が異例ずくめのこの事件の異常性を、更に際立たせる結果となった。
名古屋地裁は16日、名古屋市の雨水浄化設備業者「水源」社長の中林正善氏に対し、藤井市長に現金を渡したと証言する中林氏自身の主張を認め、別の融資詐欺事件に関わる詐欺罪などと併せて、懲役4年の実刑判決を下した。
この事件で収賄側とされる藤井氏に対する判決の言い渡しは3月5日に予定されている。 …
この事件はそもそも金銭の授受を裏付ける客観的な証拠が皆無な上に、収賄側は現金の授受を全否定し、その場に立ち会った第三者までが、現金の受け渡しはなかったと断言していた。唯一の証拠と言えるものが、贈賄側の「現金を渡した」とする証言であり、その証言の主は融資詐欺で逮捕され、既に3億円を超える犯行を自供している身だった。その取り調べの最中に突如出てきたのが、この贈収賄事件だった。
しかし、仮に中林氏に騙されたとしても、あまりにも証拠が希薄すぎる。なぜ愛知県警や名古屋地検は、ここまで証拠が希薄な事件で、現職の市長の逮捕、起訴にまで踏み切ったのだろうか。日本最年少市長として全国にも知られ、美濃加茂市でも絶大な人気を誇る藤井市長は、中林氏の証言一つで現職市長のまま逮捕、起訴され、62日間も勾留されている。
元特捜検事の経験を持ち、検察の行動原理を肌で知る郷原氏は、どんなに巨額な融資詐欺よりも汚職の摘発が高く評価される検察の特殊な価値基準が、検察の判断を狂わせたのではないかと指摘する。そして検察は中林氏の融資詐欺の訴追を大目に見ることの引き替えに、収賄での藤井氏の立件への協力を求めたのではないかというのが、郷原氏の見立てだ。
実際、藤井氏が逮捕された時点で、中林氏は既に金融機関を相手に3億7800万円分の融資詐欺を働いていることを自白していたにもかかわらず、融資詐欺については2100万円分しか起訴されていなかった。その後、中林氏と検察との裏取引を疑った郷原氏ら藤井氏の弁護団が、既に中林氏自身が自白していた融資詐欺事件を相次いで告発をしたため、検察は泣く泣くその分も追起訴をせざるを得なくなっていた。融資詐欺では自白をしているにもかかわらずそのほんの一部でしか起訴されず、その一方で、贈賄については全面的に罪を認めている点も実に不可解だ。
裁判ばかりは判決が出るまで予断を許さない。しかし、仮に藤井氏の無罪が確定した場合、正当な民主的プロセスを経て市民から選ばれた現職市長をこれだけの脆弱な証拠で逮捕、起訴し、62日間勾留した上で、高圧的な取り調べで市長に自白を迫ったことの警察と検察の責任は重く問われなければならない。警察や検察が暴走し制御不能に陥った時、それをチェックする有効な仕組みが、国家賠償訴訟以外に必ずしも存在しない現在の仕組みについては、再考が必要だろう。
美濃加茂市長贈収賄事件を取材してきたジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、贈賄側有罪判決が露わにしたこの事件の異常性と、逮捕権や公訴権といった絶大な権限を持ちながら十分な監督機能が用意されていない現在の刑事司法の問題点を議論した。
<ニュース・コメンタリー>市長に賄賂を渡したとする贈賄側の証言は信用できるか
雨水浄水設備を巡り、受託収賄罪などに問われた岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長の公判が10月1日、2日の両日、名古屋地裁で開かれ、市長に賄賂を渡したと主張している会社社長の中林正善氏が証言台に立った。
賄賂を渡したと主張する中林氏と、それを否定する藤井氏の両者の主張が真っ向から対立しているこの裁判では、客観的な物証が皆無ということもあり、両日の中林氏の証言が裁判の結果に大きな影響を与えるものとして、注目されていた。
1日に検察側が質問を行い、2日に弁護側が反対尋問を行った。
中林氏は美濃加茂市への浄水設備導入に尽力してもらうことの見返りに、当時市議だった藤井氏に対し、2回に分けて30万円の賄賂を渡したとする従来の主張を繰り返した。しかし、弁護人の反対尋問で、中林氏のこれまでの犯罪歴などが次々と暴かれたため、証言の信憑性に重大な疑問符がつけられる形となった。
両日の証言を通じて、中林氏には総額で約3億8千万円の融資詐欺や横領などの前歴があったことが明らかになっている。
また、現金の授受があったとされるレストランでの会食について中林氏が、当初は出席者が中林氏自身と藤井市長の2人だけとしながら、その後の領収書に3名と書かれていたことが明らかになり、途中から「同席者がいた」と説明を変えていたことなども、明らかになった。
しかし、両日の公判で明らかになったもっとも重要な点は、中林氏が藤井市長への贈賄を証言すれば自身の融資詐欺の罪状が軽くなることを知っていたことだった。また、市長への贈賄に関連して、中林氏が検察と何度も打ち合わせや練習を重ねてきたことも認めた。藤井氏の主任弁護人を務める元検事の郷原信郎弁護士は、検察と中林氏の間で、事実上のヤミ司法取引があったのではないかと指摘する。中林氏が市長の贈賄を証言するならば、融資詐欺については相当部分を大目に見てやろうという取引があったのではないかという意味だ。実際、中林氏は3億8000万円の融資詐欺のうち、2100万円分しか起訴されていない。…
この事件に限らず、どの事件についても言えることだが、真実は神のみぞが知るところだ。しかし、3億以上もの詐欺を大目にみてでも、市長の、しかも日本最年少ということで社会からの注目度が高い市長の贈収賄事件の可能性を目の前にぶら下げられてしまうと、脆弱な証拠のままその摘発にのめり込んでいってしまう日本の警察、検察の体質は、やはり厳しい検証が必要だろう。
今回はたまたま藤井氏が62日間に及ぶ勾留と威圧的な取り調べに耐え、自白をしなかった。また、人口5万5000人の美濃加茂市の2万5000人以上の市民が市長支持の署名を行うなど、市長が逮捕された後も、市民の熱い支持があった。そして、更に郷原弁護士のような元検事として検察の手の内をよく知る弁護人が就いたことで裁判がここまでもつれ、結果的に検察側証拠の薄っぺらさが次々と明らかになった。しかし、上記の条件のどれか一つが欠けていても、選挙で選ばれた市長にとって、今回の逮捕が政治生命に致命傷を与えていてもおかしくなかった。「無形の賄賂」で有罪が確定している佐藤栄佐久福島県知事の裁判では、証拠の説得力には数多くの疑問があったが、取り調べ段階で知事が自白をしていたことが、最後まで裁判結果に決定的な影響を与えていることを、今あらためて思い起こしたい。
この裁判を第一回公判から傍聴してきたジャーナリストの神保哲生が、社会学者の宮台真司とともに議論した。